Bruker Optics
Application Note
VERTEX FM
広域をカバーする最新の光学系を用いた
赤外スペクトル測定
はじめに よび検出器をベースとし、光学部品を交換することなく一
赤外分光法は、測定に用いる赤外線の波数範囲により、 回の測定で近赤外域の一部から中赤外/遠赤外にわたる
近赤外分光法、(中)赤外分光法、遠赤外分光法の三つに 広域スペクトルの取得を可能にする、VERTEX 70シリー
大別できます。近赤外分光法は、多変量解析手法との併 ズ FT-IRの新たなオプションです。ここではとくに、“ 中
用による定性・定量分析をベースとした品質管理やプロセ ~遠 ”広域赤外スペクトルの測定事例を交え、VERTEX
ス管理に用いられています。中赤外領域におけるスペクト FMの特長と測定の実際を紹介します。
ルは、物質を構成する分子の官能基に関する豊富な情報
を与えることから、未知物質の同定や構造解析に広く用い 超広帯域ビームスプリッタ/超広帯域検出器
られています。また遠赤外領域には、とくに固体試料の場 VERTEX FMに用いられるビームスプリッタおよび検出
合、分子団どうしの相互作用に基づく分子間振動や結晶 器について、従来品との比較を図 1に示します。FT-IR分光
の格子振動に起因する吸収が現れることから、高次構造 計に用いられるビームスプリッタの波数帯域は、基板の材質
や結晶構造の解析に有用です。それぞれのスペクトル領域 とコーティング *の仕様によって決まります。たとえば中赤外
がもつ特長を活かすことで、分析対象物に対する理解をさ 用 FT-IR分光計では、臭化カリウム(KBr)基板にゲルマニ
らに深めることが可能となります。 ウム(Ge)を蒸着したビームスプリッタが用いられ、一般に
一方、フーリエ変換型赤外分光計(FT-IR)で得られる は 8000~ 350cm-1程度の波数帯域を有します。これに対し
スペクトルの波数範囲は、装置を構成する光源やビームス て、VERTEX FM用に新たに開発された超広帯域ビームス
プリッタ、検出器などの光学部品の組み合わせによって決 プリッタ(部品番号:T240/3)は、6000~ 10cm-1というこ
まるため、着目する波数範囲に応じてこれらを交換しなけ れまでにない広い帯域をカバーする特性をもち、近赤外の
ればならない場合があります。こうした問題に対して、最 一部から遠赤外/テラヘルツ域にわたる広域のスペクトル測
新のリサーチグレード FT-IRには、主要な光学部品を自 定を可能にします。一方、検出器としては、一般的な FT-IR
動的に切り替える機構を持つ製品もあります。たとえばブ 分光計と同様にTGS(硫酸トリグリシン)検出器 **が搭載
ルカー・オプティクスのVERTEX 80vでは、光源、ビー されます。TGS検出器は、熱型検出素子である焦電素子の
ムスプリッタ、検出器について、それぞれ最大 4種類を同 ひとつで、素子自体の感度には波数依存性はほとんどなく、
時に装備し、ソフトウェア制御により部品を切り替えなが 検出器としての分光感度は、潮解性をもつ TGSを大気中
ら紫外・可視域から遠赤外域にわたる広域の連続スペクト の水分から保護する目的で装着される窓材の透過特性に依
ルを全自動で測定することが可能となっています。しかし 存します。一般的な窓材としては、中赤外用TGSではKBr
ながらこうした機能を使おうとした場合、システム全体とし (~ 350cm-1)やヨウ化セシウム(CsI: ~ 130cm-1)が、また
ては自ずと高価なものになってしまい、必ずしも汎用性の 遠赤外用 TGSにはポリエチレン(PE: ~ 20cm-1)が用いら
高い装置とは言えず、広域をカバーするビームスプリッタ れます。VERTEX FMの超広帯域 TGS検出器(部品番号:
や検出器などの光学部品の開発が古くから求められていま D201/BD)では、最新の光学材を採用することで、12000
した。 ~ 20cm-1という赤外領域のほぼ全域をカバーしつつ、従来
ここで紹介するVERTEX FMは、ブルカー・オプティ の中赤外用TGSや遠赤外用TGSと同等の分光感度特性を
クスがもつ光学設計技術による最新のビームスプリッタお 維持しています。また従来のKBrや CsI窓材と異なり、潮
図 1. VERTEX FM に用いられるビームスプリッタおよび検出器と従来品との比較
解性を持たないため、ハンドリングも容易となっています。 が不要となるため、部品交換に要する時間が不要となるこ
とはもちろん、とくにパージ型 FT-IR分光計VERTEX 70
* ビームスプリッタには非コートのものもあり、この場合は基板の においては、パージのための待ち時間を短縮できるため、
もつ光学特性で分光帯域が決まります。 飛躍的な分析効率の向上が期待できます。またブルカー・
**実際の検出素子としては、TGSを重水素化し、さらに L-アラニ オプティクスの特長的な製品のひとつである真空型システ
ンをドープしたDLaTGSを用いています。 ムVERTEX 70vとの組み合わせにおいては、大気中の水
蒸気や炭酸ガスによる妨害吸収を一切気にすることなく短
実測定例 時間で広域スペクトルの取得が可能となります。
中赤外から遠赤外にわたる広域スペクトルの測定におい
VERTEX FMを装備したVERTEX 70vによる、シン
ては、サンプリング手法の選択が重要となります。たとえ
グルビームスペクトルならびに 100%ラインスペクトルを図
ば透過法では多くの場合、適当な希釈材を用いる必要が
2に示します。ここでは光源として VERTEX 70vに標準
ありますが、中赤外域と遠赤外域では使用できる希釈材
搭載のセラミック光源を用いていますが、このデータは、
が異なるため、測定波数域ごとに試料調製の方法を変え
光源、ビームスプリッタ、検出器等の光学部品を交換する
なければなりません。しかしながら幸いなことに、既に一
ことなく、6000~ 50cm-1というこれまでにない広域のス
般的なサンプリング手法となっているダイヤモンド製内部
ペクトル測定が可能であることを示しています。測定波数
反射エレメント(IRE)を備えるATRを用いることで、希
域の切り替えのために必要とされていた光学部品の交換
釈等の前処理を行うことなく簡単に中遠広域赤外スペク
トルの測定が可能となります。ダイヤモンドは可視域から
15cm-1程度の遠赤外・テラヘルツ域までほぼ透明である
ため広域測定には最適な IREであり、さらには化学的に
も物理的にも安定であることから操作性にも優れます。ま
た ATR法の特徴的な性質として知られる光のもぐり込み
深さの波数依存性に従い、測定における試料の実効的な
厚みは遠赤外領域においてより大きな値を取ります。これ
により、中赤外域と比較して相対的に S/Nが低下しがち
な遠赤外領域においても、安定したデータを得ることが可
能となり、この点もダイヤモンドATRを用いるメリットと
いえます。
ダイヤモンド製 IREを装着した一回反射水平型 ATR
図 2. VERTEX FM を装備したVERTEX 70v による、シング “Platinum-ATR” とVERTEX FM機能を用いて測定した、
ルビームスペクトルならびに100%ラインスペクトル 炭酸カルシウム粉末の中遠広域赤外スペクトルを図 3に
図 3. VERTEX FM ならびにPlatinum ATR(IRE:ダイヤモンド)
を装備したVERTEX 70v による、炭酸カルシウム粉末の中遠
広域吸収スペクトル(波数分解:4㎝-1、積算時間:約50秒)
示します。中赤外域の 1400cm-1近傍には、炭酸塩に特
徴的なバンドが観測されているのと同時に、遠赤外域に
は炭酸カルシウムの結晶構造を示す複数のバンドを確認
することができます。炭酸カルシウムには三方晶、斜方晶
ならびに六方晶系の結晶多形が存在し、それぞれカルサ
イト、アラゴナイト、バテライトとして知られますが、図 2
に示すスペクトルの遠赤外領域では、284cm-1、219cm-1
および 90cm-1に比較的シャープなバンドが現れており、
このことから測定に用いた炭酸カルシウムは三方晶構造を
もつカルサイトであると判別できます。1, 2)
まとめ
ブルカー・オプティクスのVERTEX FMを用いることで、
豊富な官能基情報を与える中赤外スペクトルに加えて、物
質の高次構造や結晶性を反映する遠赤外スペクトルを同
時に測定することが可能となります。さらなる機能性の向
上が求められる最先端の材料開発の現場や、物性と分子
構造に関する基礎研究における活用が期待されます。
参考文献
1. E. E. Angino: Amer. Mineral., 52, pp.137-147 (1967).
2. P. Bawuah, M. Z. Kiss, P. Silfsten, C. Tag, P. A. C.
Gane, and K. Peiponen: Opt. Rev., Vol.21, No.3,
pp.373-377 (2014).
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