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ATR 法は FT-IR分析における標準的なサンプリ ング手法であり、優れた再現性と高品位のスペクトルが容易に得られます。
FT-IR(フーリエ変換赤外分光計)の誕生以来、赤外分光法はより汎用性の高い分析手法のひとつとして様々な分野で使われるようになりました。
赤外分光法の最大の利点は、例えば C=O、C-H、N-H といった官能基の同定が行えることにあります。さらに、多くの物質はそれぞれが特徴をもったスペクトルを与えるため、人間の指紋と同様に、スペクトルをもとに物質の識別が可能となります。
FT-IR は、固体、液体、気体など、その形状に関係なく様々なタイプの試料に適用が可能です。しかしながら、従来の透過法を用いた測定では、試料の前処理が煩雑になることがほとんどです。例えば、液体試料を測定する場合、最適な光路長をもつ液体セルに注入する必要があり、また固体の場合は、試料を粉末にしたのち赤外光に透明な KBr 等の粉末で希釈し、さらに加圧して錠剤に成型するのが一般的です(一般に、KBr 錠剤法と呼ばれます)。これらの前処理には次の様な難点が挙げられます。
◆液体セルに試料を注入する際、気泡が混入しないように 注意が必要
◆窓材として一般的に使用される KBr は吸湿性が高く、 扱いと保管が困難
◆測定に適した KBr 錠剤を作るのは難しく、時間が掛か るうえ、油圧プレス等の特殊なツールが必要
◆測定に最適な濃度の錠剤の作製と扱いには、ある程度の 経験が必要
◆ゴムやエラストマー等の物質は、KBr を用いて均一に 希釈することが非常に困難
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このカタログについて
ドキュメント名 | 【アプリケーションノート】FT-IRをもっと使い易く -ATRの活用-ALPHA II |
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ドキュメント種別 | 製品カタログ |
ファイルサイズ | 833.6Kb |
登録カテゴリ | |
取り扱い企業 | ブルカージャパン株式会社 (この企業の取り扱いカタログ一覧) |
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このカタログの内容
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Bruker Optics
Application Note
FT-IRをもっと使い易く
ーATRの活用ー
はじめに
FT-IR(フーリエ変換赤外分光計)の誕生以来、赤外分
光法はより汎用性の高い分析手法のひとつとして様々な分
野で使われるようになりました。赤外分光法の最大の利点
は、例えば C=O、C-H、N-H といった官能基の同定が行
えることにあります。さらに、多くの物質はそれぞれが特
徴をもったスペクトルを与えるため、人間の指紋と同様に、
スペクトルをもとに物質の識別が可能となります。
FT-IR は、固体、液体、気体など、その形状に関係なく様々
なタイプの試料に適用が可能です。しかしながら、従来の
透過法を用いた測定では、試料の前処理が煩雑になること
がほとんどです。例えば、液体試料を測定する場合、最適 図 1. 錠剤作製キット
な光路長をもつ液体セルに注入する必要があり、また固体
の場合は、試料を粉末にしたのち赤外光に透明な KBr 等の 測定に最適な濃度の錠剤の作製と扱いには、ある程度の
粉末で希釈し、さらに加圧して錠剤に成型するのが一般的 経験が必要
です(一般に、KBr 錠剤法と呼ばれます)。これらの前処 ゴムやエラストマー等の物質は、KBr を用いて均一 に
理には次の様な難点が挙げられます: 希釈することが非常に困難
液体セルに試料を注入する際、気泡が混入しないように 結果として、透過法を用いた測定には、技術と経験の積
注意が必要 み重ねが求められ、熟練したオペレータのみが良質なスペ
窓材として一般的に使用される KBr は吸湿性が高く、 クトルを得ることができます。気泡が混じった液体試料や
扱いと保管が困難 不均一な(白濁した)KBr 錠剤を用いた測定では、光の
測定に適した KBr 錠剤を作るのは難しく、時間が掛 か 散乱等によるスペクトルベースラインの歪が問題となりま
るうえ、油圧プレス等の特殊なツールが必要 す。さらには、試料によっては KBr 等の希釈剤と反応して
( 図 1 参照) 変質してしまうケースもあります。
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これら KBr 錠剤や液体セルの使用における問題を回避 エバネッセント波は、試料表面の数ミクロンという
するため、現在では透過法と比べ、操作性に優れる ATR 極浅い領域までにしかもぐり込まないため、試料と
法(Attenuated Total Reection; 減衰全反射法または全反 ATR プリズムを完全に密着させる必要がある
射吸収法などと呼ばれる)を用いることが多くなっていま ATR プリズムの屈折率が、試料の屈折率よりはるかに
す。この手法は、あらゆるタイプの試料(固体、粉体、錠剤、 高い必要がある(表 1 参照)
液体、ペースト、スラリー、繊維)を、そのまま ATR プ
リズムに接触させるだけで、数秒程度で測定を完了させる 典型的な ATR プリズムの屈折率は 2 ~ 4 の間です。こ
ことが可能です。 れに対し、一般的な有機物(例えば高分子材料)の屈折率
は 1.2 ~ 1.5 ですので、多くの試料に対してこの手法を適
ATR 法の原理 用することが可能です。
既に述べているように、ATR 法の大きな利点は多種多
様な試料を、複雑な前処理を行わず測定できる点にありま 装置
す。基本的な原理を図 2 に示します。 最近の ATR 装置は、試料との接触面が水平方向になっ
ている、水平型 ATR がほとんどです。固体試料でもしっ
サンプル かりと ATR プリズムに密着できる様、試料を加圧するク
ランプ機構を備えています。液体やペースト状試料の場合
は、単に ATR プリズムに垂らすだけで直ちに測定が可能
です。
ATRプリズム
検出器へ 入射光
図 2. ATR の原理
ATR プリズムは、高い屈折率を持つ赤外光に透明な材
料でできており、研磨した表面を持ちます(図 2)。図に
示すように、赤外光は試料との接触面の法線に対して通常
45°の角度で入射され、試料との境界面で全て反射されま
す。光は波の性質を持つため、試料と ATR プリズムの境
界面でダイレクトには反射されず、光学的に密度の低い試
料内の仮想層によって反射されます(図 3)。試料の内部に
僅かに浸み出す光を、エバネッセント波と呼びます。光の
浸み込み深さは、光の波長、ATR プリズムと試料それぞ
れの屈折率、光の入射角度に依存し、一般的にその深さは
0.1 ~ 5µm 程度です。試料が光のエネルギーを吸収する領
域では、エバネッセント波は ATR プリズムとの界面から
遠ざかるにつれて減衰します。ATR プリズムの内部を 1 回、
または複数回反射した後、赤外光は ATR プリズムを出て
赤外検出器に向かいます。
精度の高い ATR スペクトルを得るためには、いくつか
の必要条件があります: 図 4. ブルカー・オプティクス ALPHA FT-IR のダイヤモンド ATR モジュール
最新の ATR 装置は、小さな ATR プリズムと堅牢なクラ
ンプ機構を備えているため、エラストマーや粉状の試料、
さらにはガラス繊維で強化された硬い樹脂や鉱物なども、
しっかりと ATR プリズムに密着させることが可能です。
ATR プリズムの材料としては、ダイヤモンド、セレン化亜
鉛(ZnSe)、ゲルマニウム(Ge)などが使用されます。一
般的に使用される ATR プリズム材の特性を表 1 に示しま
す。
ZnSe は比較的廉価な材料で光学的なスループットが高
く、液体や柔らかい試料の分析に適しています。ただし
図 3. ATR効果 ZnSe は傷つきやすく、また pH5 ~ 9 程度の条件下でのみ
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素材 スペクトル領域 屈折率 浸み込み深さ 硬度 を補正し、透過法に近似したスペクトルに変換します。例
(cm-1) (µm) (Knoop) えば、ATR スペクトルについて、透過スペクトルから作製
°入射、 されたライブラリに対してスペクトル検索を行う前にこの45
補正を加えることで、検索の精度を向上させることができ
1000cm-1にて ます。
ZnSe 20,000-500 2.43 1.66 130
ZnS 22,000-750 2.25 1.54 355 ATR プリズムの材質 - ダイヤモンドとゲルマニウム
Ge 5,000-600 4.01 0.65 550 硬い試料を測定する場合、良質のスペクトルを得るため
Si 10,000-100 3.42 0.81 1,150 にはより高い圧力を試料に加える必要があります。例え
Diamond 45,000-10 2.40 1.66 7,000 ば、ガラス繊維で強化されたポリアミド樹脂などを測る場
表 1. 代表的な ATR プリズムの特性 合、高圧クランプを使用する必要があります。さらに、よ
り長い光路長が得られるようにすることで、スペクトル強
使用が可能です。Ge は非常に高い屈折率をもち、カーボ 度を稼ぐことが可能です。図 5 に示したスペクトルは、ブ
ンブラックが充填されているゴムのように吸光係数の大き ルカー・オプティクスの超小型 FT-IR、「ALPHA」にダイ
な試料の分析に適しています。また、Ge は光のもぐり込 ヤモンド ATR と Ge ATR を各々装着して測定したポリア
み深さが小さいため、試料の表面近傍の極浅い領域につい ミドペレットのスペクトルです。期待したとおりダイヤモ
て分析する場合にも適しています。ダイヤモンドは、高い ンド ATR による測定データでは、光の大きな浸み込み深
硬度と優れた化学的安定性をもつため、幅広い試料に適用 さの効果で、より高いスペクトル強度を示しています。
が可能で、一般的なルーチン分析において理想的な ATR
プリズム素材です。初期投資の費用としては高くなります
が、傷つきにくく溶剤に対しても不溶であり、メンテナン
スも容易であるため、ATR プリズムの寿命を考慮すると他 ダイヤモンドATRで測定した
の ATR プリズムよりもむしろ低コストとなる場合がほと ポリアミドペレット
んどです。 Ge-ATRで測定したポリアミドペレット
ATR 法を用いた測定の手順は、とても簡単です。
ATR プリズム表面を清浄にします
( 例:イソプロパノールを含ませたコットン等で拭う)
バックグランドスペクトルを測定します
試料を ATR プリズムの測定面に密着させます
試料のスペクトルを測定します
ブルカー・オプティクスの分光測定用ソフトウェア
「OPUS」には、積算を開始する前に 1 スキャン毎のスペク 図 5. 測定例: ポリアミドペレットの ATR スペクトル
トルを表示する「プレビューモード」機能があります。こ
の機能を使うことで、固体試料を ATR プリズムに密着さ 黒ゴムのアプリケーション例
せていく過程のスペクトル変化をリアルタイムに観察する
ことが可能で、常に最適な密着状態を再現できます。試料 ゴムは自動車産業をはじめ、様々な分野で幅広く使用さ
が ATR プリズム表面に完全に密着したことを確認した後 れる素材です。この物質の最も優れた特性は、高い弾性と
は、マウスボタンをワンクリックするだけで積算が開始さ 安定性にありますが、性能向上のために使用される添加剤
れます。ATR 測定では、試料の厚みは吸光度の強弱に影 が問題となるケースがあります。時折、添加量の誤りや不
響しません。これに対して透過法では試料の厚みが測定結 十分な混合等の影響で、ゴム表面に油膜状の物質が現れた
果に大きく影響し、例えば厚すぎる試料を用いた場合は吸 り、結晶状物が析出するなどの不具合が起こることがあり
収が飽和状態となり、定性や定量分析が不可能となります。
ATR 法での実効的な光路長は、エバネッセント波の浸み込
み深さに依存します。従って、厚みの異なる試料を測定し
ても、常に同程度のスペクトル強度が得られます。ただし、
エバネッセント波の浸み込み深さは光の波長に依存して変
化し、その結果、透過法と比較して、吸収強度は波長が長
く(波数が低く)なるに従って相対的に大きくなります。
この現象に対して、OPUS では ATR スペクトルと透過ス
ペクトルの比較を容易にするため、「拡張 ATR 補正」機能
が用意されています。この機能は、ブルカー独自のアルゴ
リズムにより、ATR スペクトルのピークの強度および位置 図 6. 試料黒ゴムの表面の様子
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ます。このような不具合に直面した場合、その物質を同定 基材(黒ゴム)の影響を受けることなく、白色異物単独
できるかどうかが分析の課題となります。 のスペクトルが得られている
多くのゴムは非常に高い吸光係数を持ち、特にカーボン 異物は黒ゴムとは異なる成分である
ブラックが充填されている場合には顕著で、その影響によ
り、表面物質の分析が困難となります。このようなケース この白色異物に関するスペクトルをライブラリ検索にか
では、Ge が最良のプリズムと言えます。 けたところ、ゴムに含まれる添加剤あるいは未反応原料の
図 6 は、ある工業製品に使用される黒色のゴム材表面の 一部と推測されました(図 8 参照)。
写真ですが、表面に白い結晶状の異物が浮き出ていること この分析の場合、Ge ATR プリズムを用いることが最適
が解ります。そこで、ここでは ATR 法を用い、はじめに であると言えます。つまり、浸み込み深さが浅い Ge ATR
正常部(黒ゴム表面)を参照として測定し、続いて白色の プリズムを用いることで、高い吸収をもつ基材の黒ゴムと
異物の付着した領域のスペクトルを測定しました。 その表面に存在する異物とを、光学的に分離して測定する
図 7 に、測定により得られたスペクトルを示します。こ ことが可能となり、異物の同定を迅速に行うことができま
れらのデータから、次の 2 点が理解できます: した。
まとめ
黒色ゴム表面 現在、ATR 法は FT-IR 分析における標準的なサンプリ
白色異物を含む領域 ング手法であり、優れた再現性と高品位のスペクトルが容
易に得られます。主な利点をまとめると次の様になります。
試料への前処理が不要で、迅速な測定が可能
clean surface 試料間の再現性に優れる
white material オペレータのスキルに関係なく、常に一定した結果が得
られる
そして、化学的にも機械的にも優れた安定性をもつダイ
ヤモンド ATR は、一般的な測定において最適なツールと
言えます。一方、Ge ATR は、吸光係数の高い試料の測定
や非常に薄い表層の分析に適しています。また ZnSe ATR
図 7. 黒色ゴム表面(青)と白色異物を含む領域(紫)の赤外スペク は、コストパフォーマンスと光学的なスループットが高く、
トル(スペクトルは Ge プリズムを用いた ATR 法で測定) 特に液体や柔らかい試料の分析に有用です。
測定より得られたスペクトル
ライブラリスペクトル
図 8. 黒ゴム表面に付着した白色異物のライブラリ検索結果
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