1/16ページ
ダウンロード
透かし技術をサポートする eIQ Model Watermarking ツール
人工知能(AI: Artificial Intelligence)/機械学習(ML: Machine Larning)におけるモデル構築には、時間、資金、労力が費やされていますが、このような知的財産(IP: Intellectual Property)を競合を含む第三者によりコピー/利用されることで利益を奪われてしまうこともありえます。無形資産の創造に対する投資の保護であれば、従来の知的財産権、例えば特許や著作権を利用できます。しかし、法律の専門家の間では、AI/MLに対する知的財産権の保護に関して、何がどの程度、保護の対象となるのかという問題は依然として未解決のままです。このホワイトペーパーでは、AI/ML における知的財産権の問題について、その法的背景と課題を明快に説明しています。
このカタログについて
ドキュメント名 | AI(人工知能)/ML(機械学習)における知的財産権の問題 |
---|---|
ドキュメント種別 | ホワイトペーパー |
登録カテゴリ | |
取り扱い企業 | NXPジャパン株式会社 (この企業の取り扱いカタログ一覧) |
この企業の関連カタログ

このカタログの内容
Page1
機械学習における 知的財産権の問題
機械学習における
知的財産権の問題
www.nxp.jp
Page2
機械学習における 知的財産権の問題
機械学習における
知的財産権の問題
Page3
一般に、業務上重要な設備には、メーカーやサプライヤから保守契約が提供されます。ビジネスに影響を及
ぼすおそれのある故障を未然に防ぐための予防保守アプリケーションには、機械学習(Machine Learning:
ML)モデルが使用されます。このモデルの構築には、サプライヤの時間、資金、労力が費やされています。
しかし、顧客が保守契約のコストを浮かすために、そのような知的財産(Intellectual Property: IP)をコ
ピーして、サプライヤの支援なしに自社で保守作業を担おうと考える可能性もあります。あるいは、競合他
社も含めた第三者が、自社でリソースを投入して独自のモデルを作成する代わりに、モデルをコピーして利
益を得ることも可能です。このホワイトペーパーでは、ML モデルのどの部分をどの知的財産法で保護でき
るかについて詳しく見ていきます。
保守のための ML モデルを構築するには、適切なトレーニング・セットを収集してラベル付けするととも
に、アルゴリズムの精度と速度のバランスを最適化するためのアーキテクチャとトレーニング・パラメータ
を選ぶ必要があります。モデルをトレーニングするための計算時間も必要です。しかし保守用の ML モデル
の IP が適切に保護されていない場合、競合他社は時間と手間をかけずにその ML モデルをコピーして盗むこ
とができます。発覚するのを避けるためにわずかな調整を加え、自社製品にそのモデルを展開することも可
能になります。
これは一つの例に過ぎず、企業が自社の投資や IP を保護したいと考えるケースは他にもたくさんあります。
では、ML における IP は、今後どのように保護されるべきでしょうか?
ML モデルは、どの企業にとっても大きな投資であり、貴重な資産となり得ます。ML を活用したビジネスが
しだいに注目を集める一方で、自社の成果が他の個人や、競合他社を含む企業の利益のために搾取されるリ
スクを懸念し、データ収集やモデル構築への投資をためらう企業もあります。
無形資産の創造に対する投資の保護であれば、従来の知的財産権、例えば特許や著作権を利用できます。し
かし、法律の専門家の間では、ML に対する知的財産権の保護に関して、何がどの程度、保護の対象となる
のかという問題は依然として未解決のままです。このホワイトペーパーでは、ML における知的財産権の問
題について、その法的背景と課題を明快に説明しています。
3
Page4
用語
用語
ML における IP の問題を深く掘り下げる前に、用語を理解しておくことが大切です。基本的に ML とは、コ
ンピュータ・システムで、手動でプログラムされた命令の代わりに、パターンと推論に基づいて特定のタス
クを効果的に実行できるようにする、アルゴリズムや統計モデルについての科学的研究分野です。通常、ML
では、一連のトレーニング・データを用いて統計モデルの重みを導き出し、その重みを別の状況に適用し
て、その状況に適した答えをモデルから得ます。ML モデルの中で広く支持されているものの一つがニューラ
ル・ネットワークです。
ニューラル・ネットワークの活用プロセスを理解しやすいよう、以下に図を用意しました。
画像を猫または犬として分類する機械学習モデル
アーキテクチャ 既存データから新しい機能を学習する
“猫” “猫”
トレーニング・セット テスト・セット
犬 猫
モデル
この機能を新しいデータに適用
? 画像を猫または犬として
分類できるモデル
新しいデータ
“猫” 分類器
4
トレーニング
推論
Page5
ニューラル・ネットワーク・タイプの機械学習(ML)には 2 つのステップがあります。まず、トレーニン
グ・フェーズで、アーキテクチャのパラメータを導き出し、モデルに特定の機能を持たせます。これを「モデ
ルのトレーニング」と呼びます。トレーニング済みモデルの品質はテスト・データを用いて評価されます。次
に、推論フェーズで、トレーニング済みモデルを用いて予測を行います。例えば、新しいデータに対して分類
を行います。
これらの概念の呼称は文献によってさまざまですが、このホワイトペーパーでは以下の用語を使用します。
ニューラル・ネットワーク・ トレーニング・セット テスト・セット
アーキテクチャ
ニューラル・ネットワークにお アーキテクチャをトレーニング 第 2のデータセット。
けるニューロンの集合とそれら し、適切な重みを決定するために 期待される結果がモデルから得ら
を結ぶ接続、および使用される 使用されるデータセット。 れるかどうかをテストし、検証す
活性化関数。このアーキテク る目的で使用されます。
チャは、有向グラフとして視覚
化できます。
ML システム モデル トレーニング・パラメータ
機械学習(トレーニングや推 ニューラル・ネットワークにおけ パラメータは、トレーニング・ア
論)を実装するソフトウェアお るモデルとは、ニューラル・ネッ ルゴリズムを制御する目的で使用
よびハードウェア。 トワーク・アーキテクチャの接続 されます。
に関連付けられた重みの集まりを 例えば、トレーニング・セットの
いいます。重みはトレーニング中 反復回数や、重みを更新するにあ
に収集されます。 たって処理するデータ項目数、1
回の更新で重みに加える変化量、
最適化に使用するコスト関数など
を制御します。
ML は、今日、さまざまなタスクに利用されています。代表的な応用例に分類があります。例えば、
画像や動画内の特定の物体を認識したり、テキストを特定のカテゴリに分類したり、不正や異常な測
定値を検出したりすることです。前述した予知保全に関する例も分類の一つです。
その他の応用例としては、自動運転車に使用される物体検知や予測があります。ML を活用する多く
の企業にとって、ML アプリケーションに使用するトレーニング・セットやモデルは、競合他社に知
られてはならない重要な情報です。このため、ML のさまざまな構成要素を法的手段や知的財産権を
通じてどのように保護するかが問題になってきています。
5
Page6
知的財産権、著作権
知的財産権
知的財産権(IP Right: IPR)は、無形のビジネス資産を第三者によるさまざまな形態の不正使用から守る法的
権利です。こうした不正使用は、裁判所が発行する法的差止命令によって停止することが可能であり、多くの
場合、金銭的損害賠償請求や侵害製品の差し押さえも同時に行われます。ただし、各種の IPR にはそれぞれ特
有の要件や制約があります。このホワイトペーパーでは、著作権、特許、データベース権、営業秘密について
取り上げます。
著作権
著作権は、最もよく知られた IPR の一種です。著作権とは、保護された作品のコピーや配布を禁止する権利で
す。従来は音楽や書籍、写真などの創作芸術で多く利用されてきました。しかし、著作権はソフトウェア、マ
ニュアル、ホワイトペーパー(本書を含む)、企業ビデオといったビジネス関連の制作物にも同様に適用され
ます。
C C
この種の権利に関する法律は、世界的に広く標準化されています。作品
は、創作された時点で自動的に保護され、申請や登録は不要です。著作
権表示も、潜在的な模倣を抑止する目的でよく行われますが、必須では
ありません。唯一の実質的な要件は、作品に何らかの形の創造性が存在
することです。例えば、単に日付を列挙したものには著作権はありませ
んが、巧妙に作られた文章には著作権が認められる可能性があります。
C
著作権には、実際にコピーされた場合にしか保護が適用されないという
制約があります。同じ作品を独自に再創作した場合には、著作権の侵害
にはなりません。この独自性は、創作過程の文書や記録を通じて証明で
きます。
6
Page7
特許、データベース権、営業秘密
特許
特許は IPR の世界において重要な役割を果たします。発明が特許で保護されている場合、その発明を取り入れ
たデバイスの製造、使用、販売は誰にも許可されません。著作権とは異なり、特許は独自に再創作された場合
でも保護の対象となります。特許権者は自身の発明について他者にロイヤリティを要求したり、他者による商
業利用を停止させたりすることができます。主な欠点は、申請手続きにかかる高額な費用と、結果が不確定な
数年にわたる審査プロセスです。ソフトウェアに関しては、世界全体で否定的に見られている「ソフトウェア
特許」に関する厳しい判例があり、ソフトウェアや自動化に大きく依存する発明に対して特許を行使するのは
困難です。
一般に、ソフトウェア特許を取得するためには、発明が現実世界に改善をもたらすものでなければなりませ
ん。単にソフトウェアの性能が向上するだけでは不十分です。例えば、今日では圧縮アルゴリズムや、メモリ
効率を高めた行列乗算技術は特許として認められることが一般的です。しかし、次回のサッカー・ワールド
カップの優勝国を正確に予測するアルゴリズムがあったとしても、特許としては認められないでしょう。
データベース権
IPR の世界で比較的新しいものにデータベース権があります。データベース権は、情報の集合体をコピーや再
利用から保護するもので、1990 年代後半にヨーロッパで導入されました。データベース内のデータの作成ま
たは維持に多大な投資が行われたことが、データベース権を取得するための主な要件となります。著作権と同
様に、正式な登録や申請は必要ありません。
保護されるデータベースの例としては、オンライン辞書、ラベル付けされた画像の集合体、地図作成用のソー
ス・データなどがあります。どのケースにおいても、データは検索や閲覧ができるように整理されている必要
があります。
しかし、欧州連合(European Union: EU)以外ではデータベース権が認められておらず、そのことが IPR の
問題をさらに複雑化させています。米国では、データの集合体は IPR によって保護されないという長年の法的
伝統があります。また、著作権で保護されるのは創造的な作品だけです。
営業秘密
IPR の世界における営業秘密の扱いは国によって異なりますが、一般に、適切に保護された情報の不正流用は
訴訟の対象になる可能性があります。この場合、情報の所有者は、不正アクセスに対する適切なセキュリティ
対策をどのように講じたかを示す必要があります。情報がすでに公開されたものであると証明されると、営業
秘密を盗もうとする者に反論の余地を与えてしまう可能性があります。
通常、企業は顧客や他の第三者と秘密保持契約(Non-Disclosure Agreement: NDA)を締結することで、企
業秘密を保護します。また、コピーや再利用は、厳しい契約義務によって禁止され、一部の法域では、契約違
反に対する罰金やその他の法的措置によってさらに厳格化されています。NDA の条項が、NDA 以外の契約に
存在する場合もあります。しかし、正規に購入した製品から機密データを入手した人は、そのような条項に拘
束されることはありません。たとえリバース・エンジニアリングのような特殊な手法を用いたとしても同様で
す。このことが、営業秘密法の効力を制限する要因となっています。
7
Page8
機械学習のための IP保護
機械学習のための
IP保護
Page9
トレーニング・セットの保護、トレーニング・パラメータの保護
競合他社や悪意のある者には、MLシステムの開発者が費やした作業や投資から利益を得るためのさまざま
な選択肢があります。MLの特異な性質を考慮すると、知的財産法をどう適用すれば、この新しい技術のさ
まざまな面を保護できるのか、という疑問が生じます。
トレーニング・セットの保護
ML アプリケーション向けに優れたトレーニング・セットを作成するためには、時間と費用がかかります。
通常、権利侵害者が直接トレーニング・セットにアクセスすることはできませんが、仮にアクセスできた場
合には、容易にコピーできてしまいます。そこで重要になるのが知的財産法です。
トレーニング・セットの所有者が EU 域内に主要な事業拠点を持つ場合、そのトレーニング・セットはデー
タベース権で保護されます。しかし、この権利は同じ法域内の侵害者に対してしか行使できません。
ML トレーニング・セットに著作権を主張できるかどうかは、さらに難しい問題です。トレーニング・セッ
トは芸術作品として作成されるわけではありません。通常は、ユース・ケースに適合したデータを確保する
のが目的です。特定のテーマによく適合しているデータセットを作成することは、著作権法上、創造的な活
動とは見なされません。著作権を主張できるとすれば、それはデータ分類の表現に関してです。
「美しい/醜い」「強い/弱い」「大きい/小さい」のように創造的なプロセスを通じてカテゴリが選ばれ
ている場合、トレーニング・セットは、創造的なラベル付けを経ていることから、著作権で保護されている
と言えるかもしれません。「猫/犬」や「信号機/街灯/駐車標識」など、事実に基づく分類は創造性を伴
わないため、著作権による保護の対象にはなりません。
一部のアプリケーションでは、シミュレーションなどの人工的な手段によってトレーニング・セットが生成
されます。これらのトレーニング・セットは、おそらく著作権で保護されます。シミュレーションや生成の
方法が創造的な選択と見なされるためです。ただし、これまでのところ、この点が法廷で争われたことはあ
りません。
企業は多くの場合、自社のトレーニング・セットを厳重に守るべき秘密として捉えています。トレーニン
グ・セットを共有しなくても ML モデルは使用できるため、秘密を守るのは容易なことのように思えます。
最良のアプローチは、トレーニング・セットを不正コピーから守るとともに、トレーニング・セットを必
要とする関係者に契約上の厳格な制限を課すことです。
トレーニング・パラメータの保護
トレーニング・セットとモデルは、優れた ML システムが持つ価値の一部に過ぎま
せん。トレーニング・アルゴリズムを制御するパラメータにも価値があります。
適切なトレーニング・パラメータの選定には、高度な訓練を受けたエンジニアの時
間と労力が要求されます。
ML システムを形成する一連のトレーニング・パラメータに対しては、著作権保護
が有効なアプローチです。これらのパラメータを決定するデータ・サイエンティス
トが、創造的な努力によって適切なトレーニング・パラメータを選定した場合、そ
こで得られた一連のパラメータは、著作権保護の対象になる可能性が高くなりま
す。しかし、膨大な探索(文献で提案されている多数の選択肢の評価など)やアル
ゴリズムの処理を通じて見つかったトレーニング・パラメータには、著作権は認め
られません。同じことは、トレーニング・パラメータと特定のトレーニング・セッ
トを使用して生成されたモデルにも当てはまります。
データベース権は、パラメータ・セットにはまず適用されません。個々の要素の集
まりが体系や手順に従って配置されていることが、データベース権の基準となるた
めです。通常、パラメータ・セットが、その基準を満たすことはありません。
9
Page10
アーキテクチャの保護、MLシステムの保護
アーキテクチャの保護
システムのアーキテクチャは、ML システムの基盤です。その設計は、システムが適切に機能するための重要
な要素となります。アーキテクチャはトレーニングを経て運用できる状態になります。
ML のようなシステムには、アーキテクチャを定義するグラフとそれを実装するソフトウェアという 2 つの
側面があります。グラフは、モデルのパラメータと同様の条件で保護されます。理屈の上では、ML システム
のハードウェア面の革新性に対して特許を取得できる可能性もありますが、この分野における発明の大半が
純粋にソフトウェアであることを考えると、その可能性は低いといえます。トレーニングや推論を実装する
ソフトウェアは、主に創造的な努力で設計されたソフトウェアであるため、通常は著作権で保護されます。
ML システムの保護
吟味されたパラメータ・セットを用いてプログラムされ、特定のトレーニング・セットでトレーニングされ
たコンピュータ・システムは、理論上は特許の対象となる可能性があります。しかし、現在の欧州や米国の
判例法では、車の操縦や実世界における画像の認識など、現実世界のタスクを行うように設計されているこ
とが求められます。現時点では、実世界での具体的なユース・ケースがない認識や分類など、抽象的な形で
動作する ML システムに対して特許が取得できると結論付けるのは早計です。
ML システムのソフトウェアは、他のソフトウェアと同様に著作権で保護される可能性があります。
ML システムに対するデータベース権を主張することは、理屈の上では可能です。モデルとそれを実行するソ
フトウェアを通じてデータセットが検索可能になるためです。しかし、これについては裁判で判決が下され
たことがなく、法的文献で明確に示されたこともありません。
車の操縦 実世界における画像の認識
立証責任
侵害者を見つけることと、法廷で侵害を立証することはまったく別問題です。IP に関する訴訟では、立
証責任を果たす上で満たすべき基準が高い場合があります。原則として、何かが侵害された可能性が非
常に高いと裁判所を納得させる必要があります。権利侵害の疑いがかけられた者には、証拠の提供に協
力する義務がありません。したがって、必要な証拠が権利侵害者の管理下にある場合、知的財産権者は
困難に直面する可能性があります。一部の法域では証拠の差し押さえを認めたり、当事者に証拠開示手
続きを進めるよう求めたりしますが、必要な証拠を権利者が入手できる保証はありません。
著作権法の下では、2 つの作品が酷似している場合、裁判所は立証責任を逆転させることができます。
その場合、権利侵害者は、自身の制作物が独自に作成されたものであると証明する必要があります。こ
れは極めて具体的な事実に基づく分析であり、権利者はその結果に過度な期待を抱くべきではありませ
ん。営業秘密法の下では、証拠を秘密にするよう裁判所に求めるか、公証人などの第三者に秘密情報と
証拠を比較してもらい、公の裁判記録に秘密が含まれないようにする選択肢が権利者に与えられる場合
があります。
10
Page11
モデルのコピー防止
?
“猫”
モデルのコピー防止
ML システムが契約や使用制限なしに一般公開されていると、その機能が特殊な方法でコピーされてしまう可
能性があります。基本的に、模倣者は未分類の項目から成るデータセットを用意し、各項目をMLシステムに
送信します。それぞれの回答は、模倣者のデータセットの分類として注意深く記録されます。このラベル付
けされたデータセットを使用すれば、同等の品質のモデルをトレーニングできます。この手法は、データ
セットに問題領域外のデータが含まれている場合や、模倣の対象とクローンとの間で、アーキテクチャやモ
デルのパラメータが一致しない場合でも効果的に機能することがわかっています。しかし、著作権法やデー
タベース法の下でこの行為が合法であるかどうかは不明です。元の ML システムからデータセット自体はコ
ピーされないためです。その出力だけが、異なるデータセットにラベル付けするために使用されます。
データセットの分類自体に創造性がある場合、模倣者は、ラベルを再利用することで著作権の侵害と見なさ
れる可能性があります。ラベルだけをコピーし、まったく独自に用意したデータセットの分類に再利用した
場合でも同様です。しかし、この点が法廷で検証されたことはありません。
11
Page12
機械学習における 透かし技術
機械学習における
透かし技術
Page13
知的財産法の実務的な側面として、権利が侵害されたことを権利者自身が証明しなければならないという点
があります。ML モデルやトレーニング・セットがコピーされたことを証明するのは極めて難しい場合があ
ります。特にデータが現実世界の事象に関連している場合、模倣者は単に元のソースから同じかよく似た
データを収集しただけだと簡単に主張できます。この主張に反論する術がない場合、権利者は何の対処もで
きなくなってしまいます。
透かしとは、コンテンツに情報を埋め込む処理をいいます。埋め込まれた情報は、普通に観察しただけ
ではわかりません。「電子透かし」という言葉は 1992 年に造られ、1990 年代後半から、映画や音楽の
流出を権利者が検出し、可能な限り追跡する目的で使用されています。電子透かしに埋め込まれた情報に
より、コンテンツを最初に公開したネットワーク、すなわち流出元を明らかにすることができます。
NXP Semiconductors の機械学習開発ツール eIQ Toolkit に eIQ® Model Watermarking ツールが追加さ
れ、機械学習の分野にも透かしの技術が導入されるようになりました。ツールのワークフローを通じて、開
発者は、ある特定のクラスの画像と自身が提供する秘密の画像とを組み合わせて生成した「トリガー画像」
をオリジナルのトレーニング・データに追加できます。トリガー画像には、元の画像の実際のクラスとは別
に選ばれた「透かしクラス(watermark class)」というラベルが付けられます。この拡張されたトレーニ
ング・セットでトレーニングを行うと、トリガー画像に対して特殊な働きをするモデルが生成されます。こ
の働きが ML モデルの透かしになります。トリガー画像を提示したとき、独自にトレーニングされたモデル
であれば、トリガー画像が追加される前の実際のクラスが分類として返されますが、トレーニング済みのオ
リジナルの ML モデルと、透かし付きの ML モデルをコピーしたシステムでは、どちらも「透かしクラス」
が分類として返されます。これにより、そのモデルがオリジナルからコピーされたものであることが示され
ます。
NXP eIQ Model Watermarking ツールのもう一つの利点は、透かしに秘密の画像、すなわち創造的要素が
用いられる点です。著作権で保護された情報が ML モデルに追加されることで、モデルを不正にコピーする
者に対しての著作権の主張を強化できます。
模倣者は、同じ透かしを独自に利用した、あるいは実際に自身が透かしを作成したと反論し、コピーの主張
を覆そうとする可能性があります。そのような主張に対抗するために、著作権者は透かしを選定、挿入した
日時を明確に記録しておく必要があります。十分な証拠がなければ、著作権者は侵害の主張を立証すること
ができません。NXP の eIQ Model Watermarking ツールを使用すると、挿入された透かしに関連する必要
な記録が収集され、開発者には必要な日時の記録を作成するための指示が提供されます。さらに、NXP の
eIQ Model Watermarking ツールは、モデルのパフォーマンスを低下させないよう最適化されています。
13
Page14
MLとIPの未来
ML と IP の未来
ML を活用したビジネスに注目が集まっています。トレーニング・セットに対する著作権や分類システムに対
する特許など、投資を保護するための知的財産権への関心も高まっています。現行の知的財産法とその実務は
進化の途上であり、関連する判例はまだ少ない状況です。ML システムやそれを基盤とした製品に対する法的
保護がどのように成熟していくのかは不透明です。
しかし、いくつかの一般的な指針は存在します。
知的財産権(IPR)
特許 著作権 データベース権 営業秘密
創造的表現(す
保護の対象 技術革新 なわち、単純な 収集データの作 情報の秘密保持
作業や投資を超 成に対する多額 (NDAを使用
えたもの) の投資 するなど)
所有者と権利侵
法域 全世界 全世界 害者の拠点が EU 全世界
内であること
保護対象の項目
なし(ただし、 内部のグラフに
対してはおそら
アーキテクチャ 以下のソフト
ウェアの項目を くなし(選択に なし あり
参照) 創造性がある場
合を除く)
トレーニング・ なし(ただし、 なし(創造性が
セットとテスト・ 以下のソフト あるラベルや創
セッ ウェアの項目を 造的に選ばれた あり あり
ト 参照) データセットを
除く)
なし(ただし、 おそらくなし
トレーニング・ 以下のソフト (選択に創造性
パラメータ ウェアの項目を がある場合を除 なし あり
参照) く)
14
Page15
知的財産権(IPR)
特許 著作権 データベース権 営業秘密
おそらくなし
(透かし、ラベ
ル、パラメー
モデル おそらくなし タ、アーキテク おそらくなし あり
チャの選択に創
造性がある場合
を除く)
あり(モデルを
用いたトレーニ
ング済みシステ あり(ただし、
ソフトウェア
(ML機能を実装) ムの一部とし 実装された機能 なし あり
て、現実世界の は保護の対象
タスクを目的と 外)
する場合に限
る)
このホワイトペーパーでは、機械学習の知的財産とそれを保護する知的財産法の今後について概説しました。
このことは、冒頭で紹介した資本設備の保守の例においてどのような意味を持つのでしょうか?MLモデルの
保守は特許取得の対象にはなりませんが、その実装は実世界のタスクの実行を目的としているため、特許取得
の対象となる可能性があります。さらに、MLアルゴリズムを実装するソフトウェアには著作権を主張できま
す。しかし、模倣者が単にモデル(重み)をコピーして自身の実装の中で使用したり、独自のトレーニング・
セットにラベル付けしてモデルのクローンを作成したりする場合、著作権保護の対象となるかどうかは極めて
不透明です。開発者は、アーキテクチャ設計、トレーニング・パラメータ、トレーニング・セットの構成、
データのラベル付けにおいて創造的な選択が行われたこと、また、その選択が単に技術的な考慮事項に基づく
ものではないことを証明しなければなりません。たとえ証明できたとしても、その創造性がモデルのクローン
やコピーに十分に存在し、主張が裁判で認められるかどうかは不確かです。したがって、クローンやコピーを
防止する対策(プラットフォームのセキュリティなど)や、創造性を加える対策(透かしなど)を講じること
が、機械学習の知的財産を保護する上で極めて重要となります。
権利侵害事例に対してどのような判決が下されるのか、またこうした問題に関して法律がどのように変わるの
かは、法廷での判例が確立されるまでは推測の域を出ません。こうした事情はあるものの、NXPでは、機械学
習の知的財産を著作権で保護しやすいよう、eIQ ML開発環境に eIQ Model Watermarkingツールを用意し、
著作権の所有を明確にし、不正コピーの証拠を入手できるようにしています。
NXPは、先進のソリューションでスマートな世界を実現し、人々の暮らしと安全を支えます。組込みアプリ
ケーション向けのセキュアなコネクティビティ・ソリューションで世界をリードする NXPは、オートモー
ティブ、インダストリアル、民生用の IoT、モバイル、通信インフラの各市場で新たな可能性を拓いていま
す。組込みプラットフォームのセキュリティに加えて、機械学習モデルの保護も提供しています。
15
Page16
ML モデルは、トレーニングを経てシステムに実装され、その目的に合わせて使用さ
れます。NXP® eIQ™の機械学習ソフトウェア開発環境により、NXP の i.MX アプリ
ケーション・プロセッサや i.MX RT クロスオーバーMCU で ML アルゴリズムが活用
できるようになります。eIQ には、推論エンジン、ニューラル・ネットワーク・コ
ンパイラ、最適化されたライブラリが同梱されるほか、ML ネットワークの安全性を
高める機能も備わっていて、本書で取り上げたクローンや敵対的攻撃といった問題
に対処することが可能です。その他の ML セキュリティ対策も予定されています。
eIQ ソフトウェアは、MCUXpresso SDK や Yocto 開発環境に完全に統合されている
ため、完全なシステムレベルのアプリケーションを簡単に開発できます。
詳細情報: nxp.jp/design/design-center/software/eiq-ml-development-
environment:EIQ
次のステップに進む
セキュリティと機械学習に関する NXPの革新的ソリューションについて詳しく
は、nxp.jp/aiをご覧ください
このホワイトペーパーは、IT弁護士の Arnoud Engelfriet氏(ICTRecht BV)の意見を取り入れて作成されました。NXP、NXPのロゴ、
Kinetis、Layerscape、QorIQは、NXP B.Vの商標です。その他すべての製品名、サービス名は、それぞれの所有者に帰属します。Arm
および Cortexは、米国およびその他の国における Arm Limited(またはその関連子会社)の商標または登録商標です。関連するテクノ
ロジは、特許、著作権、意匠および営業秘密のいずれかまたはすべてによって保護されている可能性があります。
All rights reserved. © 2022 NXP B.V.w
www.nxp.jp
NXPおよび NXPのロゴは、NXP B.V.の商標です。その他すべての製品名、サービス名は、それぞれの所有者に帰属します。
© 2023 NXP B.V.
ドキュメント番号: IPMLWP REV 1